本日のお題はイリノイ州で本の禁止を禁止した法令が成立したというお話。
記事はこちら。
禁止の禁止?😅
要するに許可ってわけ。
要するに、イリノイ州の新しい法令は、図書館に置く本や資料の選別はプロの図書館司書達に任せるべきという考えのもと、政治的または個人的な理由で特定の本や資料を置くことの禁断をやめさせたいってことである。
でも、イリノイ州がそんな法律を作らねばならいことこそ問題である。
背景には、図書館の本に関する“禁書運動”がアメリで広がっていることがある。
First, I felt surprised when I read the article.
Because I couldn't believe societies of the US became such conservative.
For me, an image of the US had been a symbol of freedom.
アメリカ人講師によれば“禁書運動”の背景は、アメリカでも広がっている広がっている社会的な“分断”だという。
分断はどうして起こるのだろうか?
Catching up with a change of societies and technologies are disgusting for them who can't enjoy improving themselves.
保守的な人って、要するに自分の考え方を時代の変化に合わせてバージョンアップすることを嫌がる人だよね。
自分を改良することを嫌がるやうな人って、言ってしまえば“怠け者”だよね。
そんな怠け者的本音は、以前は発表する場はなかった。
マスコミも扱わなかったし、学校教育の場で怠け者的本音を出せば、絶対教師に叱られた。
今だって
小論文で怠け者的な本音を書いたら、絶対不合格になる。
(小論文の参考書の不合格例はみんなそうだった←ただ今小論文指導の研究中😁)
それが今は(匿名の上なら)本音を広く社会に向けて発言できるようになった。
それどころか、そんな本音に賛同してくれる者が沢山いることが分かった。
そんな本音の発露と賛同者との交流ができる場、それがSNS、とりわけTwitterの世界である。
日本だってネトウヨが、こんなに公に自分等らの本音をさらけ出して来たのは、Twitterとニコニコ動画という“発表の場”を得たからに他ならない。
ネトウヨが排他的で極端に愛国的な本音をさらけ出し始め、リベラル的インテリがそれを批判する。
それが日本社会の分断の図式ではなかったか?
同じことがアメリカ🇺🇸でも起きていた。
リベラル的インテリ、マスコミや教師にたちは、アメリカ🇺🇸を自由のシンボルとして神格化し過ぎていたのかも知れない。
With the spread of SNS, people who were previously unable to express their opinions are now actively speaking out.
Surprisingly, this group is very conservative.
SNS accelerates being divided , not being globalized.